
ある者は日本との架け橋になり、ある者は逃亡のための潜伏地
として海外を選ぶ。最近多いのは、リタイア後に海外のリゾート地で
第二の人生を悠々自適に過ごすというものだ。外務省の発表によれ
ば、平成14年現在、海外には87万人もの日本人が生活し、その数
は10年前と比べおよそ20万人増えている。
そんな在留邦人の生態を、私なりの視点で描いてみたい。
カリフォルニア州の在留邦人社会
2001年のフィリピンに続き、海外の在留邦人を取材するのは、ここ米国カリフォルニアで2カ国目となった。一般に海外の日本人社会は、大使館など政府機関の関係者を頂点にしたピラミッドに例えられる。しかし、おのおのの国独自の事情を背景に、そのピラミッドはいかようにも形を変える。フィリピンしかり、そしてここカリフォルニアもしかりである。カリフォルニアを取材の拠点として2年。私なりに感じた同州の日系社会を、フィリピンなど他国と比較しながら概論してみたい。
外務省の平成14年度統計によると、在留届ベースでカリフォルニア州の在留邦人は82,961人。届を提出していない人を含めると10万人以上の日本人が生活しているとみられる。カリフォルニアが作るピラミッドはどのような形なのか。その前に、標準形のピラミッドとはどのようなものかを一度、整理しておきたい。
頂点の政府機関の次に来るのが大手商社、銀行の駐在員である。そして、メーカー系。この序列は、働いている本人より、配偶者である奥方の付き合い方に、より根を張っているようだ。駐在員の下に来るのが現地採用者、自営業者だ。駐在員と現地採用者との間には会社での待遇面に歴然とした差があることから、それを理由に現地採用者は駐在員に嫉妬心を抱く。一方で駐在員は現地に確固とした基盤を持っている現地採用者を、待遇的には優越感を感じながらも、どこか疎ましく思っているのである。
また、近年は駐在員の減少から、現地採用者による駐在員の逆差別現象なども起きていると聞く。いずれにせよ、両者の間には目に見えない壁ができ、どこかぎこちなくなってしまうのが各国で見られる共通の日本人の姿である。これはあくまでも標準形であり、私が思うのはこの限りでないことは、これから述べる。
さて、カリフォルニアにもこのようなピラミッドが存在することを感じる。ただ、他国と違い10万人もの圧倒的な数を誇る「同国」を、単純にピラミッド一つで語ることは無理のようだ。具体的に形を示せば、とても壁面のやわらかい、しかも小さめの正三角形のピラミッドの周りに、いろいろな形の三角形、四角形、時には逆三角形のピラミッドが無数に浮遊しているようである。
数が多く、その分コミュニティーがいくつにも分散しているため、それを特定の団体が一つに束ねるのは不可能で、いくつもの日本人会、商工会議所、それぞれに独自の色を持つマスコミ各社があらゆる角度から情報発信しているのがカリフォルニアである。領事館の存在感も他国に比べてずっと薄い。
横との繋がりが緩やかなため、他の日本人から干渉されずに生活できるのが米国の特徴だろう。悪く言えば、邦人社会の結束力の無さは世界随一だ。ただし、これも数の上から如何ともしがたい。「狭い日本人社会」とは良く聞く言葉だが、穴だらけの障子に囲まれた他国とは比較にならない。
在留届ベースで9,967人、1万人以上が住むと言われるフィリピンの日系社会は、マニラ首都圏のあるルソン島に都市機能が一極集中していることから、ピラミッドは一つであると言える。
フィリピンでは、政府機関と大手企業の駐在員を中心に組織されるマニラ日本人会が大方の催しを取り仕切り、日系社会でのイニシアチブを常に握っている。また、唯一の邦字新聞がほとんどの日本人に読まれ、現地の政治・経済・社会・日系コミュニティーにまつわる情報を的確に発信する。加えて、同紙は対応の悪さで悪評名高い在マニラ日本大使館を牽制する役割も果たしている。在留邦人は、日本人会からの情報とその邦字新聞を読んでいれば、日本人として安心して暮らせる格好になっている。
多少、横道に逸れるが、他国にないフィリピンの特徴を紹介したい。フィリピンが形作るピラミッドは底辺がとてつもなく広い。いわずもがなの、チンピラやヤクザ、逃亡犯や浮浪者など、この国でなければ飲み込むことのできない日本人が最下層を彩り、ピラミッドをとても「いびつ」な形にしている。そんな輩に、マニラ日本人会に対抗して組織された「マニラ会」が目を光らせている。あくの強いきかん坊たちを同会が掌握できるのは、会の上層部がかつてのきかん坊で構成されているからに他ならない。そして、この相対する二つの日系団体も、「慶大卒」という会長同士のミラクルラインで見事に調和が保たれているのである。
カリフォルニアには、米国社会に確固たる地位を築いている日系米国人社会があることも大きな特徴であろう。19世紀末から一攫千金を求め、カリフォルニアに移住を始めた日系移民は既に三世、四世の世代である。彼らは、日本人社会とは別のコミュニティーを作っているが、祭りなどの各種イベントで日本人と交わりながら日本人社会にも大きな存在感を示している。
「日系一世の苦労なくして現在の日本人社会はない」という思いが、私たちに日系人に対し敬意の念を払うことを忘れさせない。私は、日本の祭りの屋台ではたしなむことのできないハンバーガーやカリフォルニアロール、バーベキューなどをほおばり、ちょっとアメリカナイズされた日本文化を感じるのことのできる当地の祭りが大好きだ。
フィリピンにも日系人はいる。日系移民の歴史は米国より古く16世紀末の徳川時代に遡る。キリスト教の弾圧を逃れた亡命者などを中心に数千人もの日本人がマニラに日本人町を作り暮らしていた。幕府の鎖国政策でその数は激減するが、20世紀初頭から、建設業従事者やマニラ麻農園で働く農業移民に加え、じゃぱゆきならぬ「からゆき」と呼ばれた娼婦が海を渡った。
日本の敗戦で日本人は強制送還され、現在残るのは二世以降の人たちである。彼らは差別され、高等教育も受けられず、日系人とすら認められず(日系人と認定されれば日本の定住ビザが発給される)不遇の人生を歩んでいる。その数は8万人とも言われるが、多くはルソン島ではなく南部のミンダナオ島で生活しており、カリフォルニアの日系人のようなコミュニティーを作るほどの力はない。
最後に、カリフォルニアの在留邦人の大きな特徴に、留学生の多さがある。在留届を出さない人も多く実数は計り知れないが、語学学校を含めると数万人いるという説もある。彼らは、ピラミッド社会とは無縁であり、それこそ自由の国、米国を十分満喫しているようだ。
そして、各国の留学生と比較して、カリフォルニアを含む米国の学生から感じられる典型的な特徴が一つある。それは、「目的がない」ことである。米国に来れば何かあると思い、何も見つからずに帰っていく留学生を私はこの短期間で何人も見てきた。プラクティカルトレーニング(※)すら知らずに、就職先が見つからないと言って帰国していった人には、驚きを飛び越えて心底、哀れみを覚える。
※ 学生ビザのまま、半年程度就労できる制度。学生はこれを利用して就職したい会社で働き、ビザサポートを取り付けるなどのコネを作る。